わだつみのこえ・・・中村克郎氏の「真理」



 昨日の新聞各紙に、中村克郎という人の死が報ぜられた。戦没学生の手記を集めた『きけ わだつみのこえ』を、中心になって編集した人物である。そんな説明を読みながら、そういえばそんな人もいたなと思い、書架から岩波文庫の同書を手に取り、氏による長い「あとがき」を読んでみた。

 学半ば、人生半ばで死に就いた人々の無念は当然としても、戦没学生と同じ、または近い世代の人で、戦後それに向き合う人の心理的葛藤というのは、ある意味で死んだ本人達よりも深刻であると感じること多い。医師としての激務の傍ら、これだけの本をまとめた氏の心中にも、それはありありと感じられた。一節を引く。

 「個人であれ、国家であれ、暴力、武器によって古来平和がもたらされたためしがあるか。癌と軍隊は似ていて、癌は人間の個体をほろぼし、軍隊は人類をほろぼす。これは真理である。(略)人間は制度機構の改革のみによっては、けっして救われることはないのであって、戦争の否定、軍備の廃絶を人類が各人の心のなかに深く刻みつけて忘れないこと、これが一番大切なことである。このことは真理であるから、道が遠いように思われることがあっても、けっして絶望することはない。戦争体験の思想化という言葉があるが、そう考えてわたしは、1950年4月22日、日本戦没学生記念会わだつみ会)を設立し、微力ながら今日に至っている。只ひとすじにつながる長い道であった。」

 この「あとがき」が書かれたのは、1982年2月27日。「長い道」は、それから更に丸30年間続いた。「戦争体験の思想化」は完成するどころか、ますます軽んじられているように見える。訃報を前に、「戦争の否定」が遠くても決して絶望する必要のない「真理」であることを、心に確かめたいと思う。合掌。