医師を増やすだけでは解決しない



 昨日の『河北新報』第1面に、「東北に医学部新設決議」という記事が載った。自民党の国会議員有志が、特例として医学部新設を認めるよう政府に要請するという。

 これは東北の医療過疎をくい止めるための有効な一手のようだが、決してそうではあるまい。医療過疎の原因は、医師の絶対数不足よりも、偏在であると思われるからだ。これは地域間だけでなく診療科間でも同じである。東北の田舎に医師は赴任したがらず、小児科や産婦人科は引き受け手がない。医師を増やしたからと言って、東北の田舎や小児科・産婦人科の医師は増えないだろう。

 よく社会的地位が高く、収入の多い職業の代表格として「医者や弁護士」という言い方をする。医師になる側にも、医師になれば高収入が約束されるという意識は強いだろう。医師には、他の職業に従事する人よりも相当たくさんの収入がないと納得しない人が多いのではあるまいか?

 困ったことに、医師が増えれば、やがては医療過疎地や不人気診療科にも医師が行くようになる、というのはいささか楽観的に過ぎる。なにしろ医療という分野は専門性が高いために、素人には非常に分かりにくく、必要な医療行為で自分の満足できる収入が得られないとなった場合、医師は病気(病人)を作り出すことが出来るからである。精神科の問題は、私も一度触れたことがある(→こちら)が、最近よく問題となる生活保護との関係で、医療機関が病気をことさらに作り出し、貧困ビジネスの重要な担い手となっていることが指摘されたりしている(例えば、武田知弘『生活保護の謎』祥伝社新書)。つまり、田舎には住みたくない、産婦人科医にもなりたくない、高収入は手放せないという場合、都市部で病人を作り出すか、医療行為(検査、投薬など)の量を増やせばいいのである。

 似たようなことを高校教員の世界で考えてみよう。法令の下で、全ての高校は「高校」として同じ扱いを受ける。職業教育を担当する教員や、支援学校、定時制の教員には多少の手当が付くということはあるが、基本的には同じと言ってよい。いや、むしろ、過疎化が進む中で、生徒募集でも厳しい努力が求められるとか、小規模化が進んで、教員数も減らされているのに、「1校当たり〜」といった仕事は、仙台の大規模校と同じ事が求められるなど、地方の方が負担は大きいかも知れない。その結果、何が起こるかというと、宮城県の場合、多くの教員は、仙台の、学力の高い生徒が集まる学校に入りたがる。仙台に住めるだけでも、それを魅力と感じる人が多いのに、都市調整手当がそれなりに付く。だから、仙台市内の教員は異動したがらず、地方の、学力が低い(=問題行動を起こす可能性の高い)生徒が集まる学校には誰も行きたがらない。今や「命令」を出せば、どんな異動でも可能だが、あまり「希望」を無視しすぎるのもよくないため、仙台市内の教員が異動するのは補充が簡単だが、地方の人気のない学校の教員が転出する時には、文句を言えない新採か、支援学校、小中学校から、「どこでもいいからまずは高校に行きたい」と言っている人を当てることが多い。仙台市内の有名進学校から、片田舎の水産高校に異動した私などは、不祥事を起こしたのでなければ、よほど「奇特な」人だということになる。実際に私は、生徒を含む何人もの人から、「何か悪いコトしたんですか?」と尋ねられた。

 この現象を解消するためには、高校は高校だ、などという形式的なことを言わず、待遇に差を付ける必要がある。地方の方が給料が高いとか、授業の持ち時間が少ないとか、部活はしなくていいとか、必ず休暇を10日連続で確保できるようにするとか、異動の希望が均衡するようになるまでいろいろと特典を与えるしかないのだ。もちろん、これは教育活動に対する意欲とは関係なく、そんな餌に釣られて地方に移動する人は、逆に職務に対する意欲が低いに違いない、といった心配はある。しかし、どこの学校でも、現場は多忙を極めていて、もう少し余裕を持って質の高い教育活動をしたいと思っている人は、少なからずいるように思われるので、給料はともかく、時間に余裕が持てるような特典なら、「餌に釣られて」というのではない、意識の高い異動が実現するのではないか。給料だって、家庭にはいろいろな事情があるので、場合によっては正当で切実な問題だ。

 話を元に戻す。医師の場合、私には医師の欲求というのがよく分からないので、今ひとつ確かなことは言えないが、基本はやはり収入と時間だろう。同じ診療をしても、地方の方が十分に高い点数で保険請求できるとか、個人医院はともかく、病院であれば、大都市とは比較にならないほど、たくさんの医師を雇用できるようにし、医師の生活に余裕が持てるような配慮をすれば、多少の魅力にはなるだろう。他にも、医師の欲求に配慮しながら、あの手この手を考えてみればよい。

 いずれにしても、地方の医師不足は、医師の頭数を単純に増やしてどうなるものでもない。医学部新設では、決して問題の解決にならないのではないか?議員達は、新設の条件に「地元への確実な医師供給が可能となる制度設計」を挙げているようだが、大切なのはそこである。その制度を作り、それをもってしても医療過疎が解消しない時に初めて、医学部の新設=医師の増員は考えられるべきなのである。