惜しむべき「和平書店」



 久しぶりで、中国から段ボール一箱分の本を取り寄せた。全て1970年代末から1990年代にかけて出版された本で、今は入手できなくなっているものばかりである。

 神戸に「和平書店」という会社がある。「和平」というのは中国語で、日本語に直すと「平和」である。ホームページを見ると、「阿Q和平書店」と書いてあって、内山書店ばりの由緒来歴を感じる(こういう世界に疎い人のために書いておくと、「阿Q」とは魯迅の代表作『阿Q正伝』による。「内山書店」とは、魯迅と親交のあった内山完造が、戦前の上海に構えていた書店である。内山完造氏は亡くなったが、店は現在も東京の神保町すずらん通りにある)。店頭販売は恐らくしておらず、全て取り寄せである。同じホームページに「和平旅行」という店も看板を出しているので、旅行代理店業務もしているようだ。

 今の内山書店など、中国書籍を扱う店で手に入らない本について、この店に相談すると、中国国内各地から探し出してくれる。発見率は非常に高く、値段も高くない。中古本であるから、稀覯本となっているものには驚くような値段を提示されることもあるが、他の本についての対応からして、和平書店が儲けるためにそんな値段を付けるとは考えられないので、買うにしても買わないにしても、需給関係なのだろうと納得できる。今時、インターネットを使えば、中古本を中国の市場で探すことなど、私にでも出来なくはないが、中国であることを考えるとクレジットカード情報を送るのは不安だし、カードを使わなければ決済が非常に面倒なので、やはり和平書店に頼った方がいい、ということになる。メールのやりとりによる作業であるが、そんなデジタルの通信手段でも、随所に相手の誠実さというものが感じられて気持ちがよい。

 今回など、全16巻の叢書をセットで探してもらったところ、発見は出来たものの、第1巻と第6巻に水没の形跡があって読めない可能性がある、どうしますか?との連絡が入った。和平書店は、取り寄せるにあたって実物を見られないわけだから(写真では見ているかも知れない)、こういう問題が発生するのである。同時に、バラ売りのものも探してくれたが、いろいろな古書店から集めてくる16冊分の値段を足すと、セットのものより相当高額となるので、多少の博打となるのを覚悟でセット注文することにした。古本というのは、クレームを恐れて、状態を実際よりも多少悪めに言うことが多い(中国でこの常識が通用するかどうかは?だが・・・)ので、案外たいしたことはないのではないか、とも思ったのである。すると、和平書店は、たくさん購入して下さるのでサービスですと言って、状態のよいことが分かっているバラ売りの第1巻と第6巻を自ら取り寄せ、オマケとして付けてくれた。本当に大事にしたい本屋さんだな、と思った。

 ところが、昨日荷物が届いたので、お礼のメールを送ったところ、その返信に、9月20日に閉店することが決まった、ということが書き添えてあった。和平書店に本を頼むというのは、私にとって「最後の手段」的なところがあるので、これは衝撃とも言うべき出来事である。理由は書いていない。経営が行き詰まったのか、他の何かの理由なのか・・・?私は、良心的な会社は長く生き残るものだと信じているので、閉店の理由が経営状態の悪化でないことをただただ祈るばかりである。同時に、和平書店という、懐かしささえ感じさせるような気持ちのよい会社に対する愛惜と、これから中国書籍の入手で困った時はどこに言って行けばよいのかという強い困惑とがある。