いざ、定置網へ!



 『それゆけ、水産高校!』を読んで下さった方はお分かりと思うが、宮水の栽培漁業類型2年生は、例年、6月か7月に「定置網実習」を行う。網地島に1泊し、地元漁業者の船に乗せてもらって定置網漁の見学をする、というイベントだ。自分の授業の都合で、生徒の実習に付いて行くことは不可能である。しかし、本当にいろいろな魚が獲れる上、生きのいい魚が大量に揚がるので、バチバチと跳ね回る魚を見ていると魚のエネルギーで「魚酔い」をする、といった話を聞きながら、どうしても見てみたいと大騒ぎしていたら、S先生が鮎川の山根漁業部という会社に話を付けてくれて、定置網漁に連れて行ってもらえることになった。私だけではもったいないので、「教職員のための定置網見学会」を企画し、呼びかけたところ、5人が参加することになった。私とS先生を含めて、なので、決して多いとは言えない。原因は、興味が無いというよりも、「多忙」らしい。いくら一生懸命仕事をしても、こうして未知の世界を知るチャンスを持てないのは、逆にマイナスである。

 午前3時30分に鮎川の山根漁業部事務所に集合し、船は4時に出港した。10トンあまりの意外に小さな船である。2隻で網地島沖の定置網を目指す。3メートルあまりのけっこう大きなうねりがある。船に乗っているのは10人くらい。一見して東南アジア人と分かる船員もいる。あまりにもエンジンの音がうるさいのと、網に着くと怒濤のように作業が始まるのとで、いろいろと話を聞くチャンスがなかったのは残念だった。

 定置網というのは、海岸のすぐ近くに設置されていると思っていたが、案外沖にあった。網の構造は周到に予習して行ったにもかかわらず、現場に着いて浮きを見てみても、どういう構造で、どこの網を揚げることで魚を追い込んでいるのか、てんで見当が付かなかった。

 網を揚げ始めて早々、誰かが大声で「マグロ!!」と叫ぶや、数人が船から大きな錐やらハンマーやらを持って、マグロを追い、殺しにかかる。本当に飛びかかって行く人さえいた。間もなく、尻尾の付け根にロープが掛けられ、吊り上げられたのは体長2メートル半を超えるかというような巨大なクロマグロ(本マグロ)であった。マグロは下腹の尻尾寄りの所に、ギザギザの小さなひれ(小離鰭=しょうりき)が並んでいるのだが、これが本当に鮮やかな黄色である。丸々と肥え太った体といい、黒光りするような肌といい、ほれぼれとするくらい美しい。圧倒的な存在感であった。今年最大の獲物だそうである。宮城丸のマグロ延縄実習や魚市場の写真はたくさん見たことがあったが、これほど大きなマグロというのは、写真でさえ見たことがなかったような気がする。こんな魚が泳ぎ回っている「海」の大きさを感じた。畳2枚分はあろうかというような巨大なマンボウも次々と揚がり、1メートルくらいのアカウミガメも獲れた。

 とまあ、私がワクワクしていたのはこの辺までであった。この後は船酔いとの戦いになる。甲板は危なかったり邪魔になったりして居場所がない上、網の中がよく見えないので、2階のブリッジで見ていたのだが、ここは1階の甲板よりも揺れが大きい。しかも、吐きたくなっても下の甲板に汚物をまき散らすことになるので、具合が悪い。仕方なく、1階の甲板に下りて、網とは反対側の船縁で「撒き餌」に励むことになってしまった。私以外の4人は、多少気分が悪そうにはしているものの、「撒き餌」のレベルには至っていないようだった。本当に船に弱い自分が恨めしい。2個所目の網上げが終わった時、時刻は6時20分。船は12時に帰港すると言われていたので、あと6時間近くあると知り、気が遠くなりそうだった。

 ところが、この後、魚を積んでいる方の船は石巻の魚市場へ向かい、もう片方は鮎川に戻って終了、ということになった。命拾いをした気分であった。陸に上がったのは、6時50分である。お土産と言って、大きなブリと、既に船上でおろしたマンボウの身をたくさん頂いたが、なんだか申し訳ないような気分ばかりが強かった。

 船酔いはさんざんしたが、魚酔いはしなかった。ただ、幸運にもまれに見る巨大マグロを目の当たりに出来たことや、学校の実習とは違う本物の漁というのが非常に激しくチームワークの要求される仕事であること、そこで働いている人たちの笑顔が素敵だったことなど、いいものを見ることが出来た有意義な時間だったと思う。S先生にも山根漁業部さんにも感謝、感謝。