日中民間交流の「生き字引」



(9月30日付け学級通信より)


 めっきり秋らしくなってきた。郊外に出ると、稲刈りが始まった田園風景が、これこそが「日本」と思わせてくれるような風情を漂わせている。果物も豊かになったし、いい季節だな、と思う。

 ところで、もはや1週間も前の話となったが、9月の22〜23日、東京に行った。全然知らない83歳の老婦人に会うためである。趣味でいろいろなことを調べているうちに、1972年に日本と中国が国交を回復するよりも前の時期、政府間は断絶していたが、民間では豊かな文化交流があったことを知った。そして、その中心人物の一人として、ある人が私に紹介してくれたのがこの老婦人だった。

 千葉県市川市にあるご自宅を訪ねると、腰が悪い、心臓が悪いと言いながら、極めて明晰な記憶に従って、5時間を超えるインタビューに応じて下さった。聞けば聞くほど、日中民間交流の「生き字引」とも言うべき人なのだ、ということが分かってきた。彼女は、中国語の翻訳も多く手がけており、人名についても全て(日本語の音読みではなく)中国の音で発音する。しかし、その経歴を聞きながら、大学を出ていないらしい彼女が、どのようにして中国語を身に付けたのか疑問に思ったので尋ねてみた。すると、とにかく新しい中国の文化を素晴らしいと思い、それを理解したい一心で、中国語ができる人を見付けると教えを求め、その積み重ねの結果としてある程度の(立派な?)中国語力を身に付けることができた、と言う。

 これは、実際には非常に大変な作業だったと想像できる。だが、学びたい、知りたい、という強い気持ちに支えられた彼女は、それを「苦」とは思わなかったに違いない。「学ぶ」ことの原点だな、という感動を覚えた。そうして得たものについて語るからこそ、彼女の話は生き生きとして面白く、知識に「借り物」臭さがないのだ、と思った。「学ぶ」時には、常に彼女のようでありたいと思う。


【「絶対評価」の就職試験】

 就職試験第一陣も、既に半数以上が試験を終えた。先週までに結果が出た分については、10勝11敗である。求人件数が例年よりずいぶん多いからと言って、合格しやすい訳ではない、油断は禁物、と言っていたことが、その通りになっている感じだ。しかも、結果の出た会社については、競争率が1倍を超えたから求人数通り採るということも、応募者が求人数未満だったから全員採る、ということもしていないらしい。自分たちの求めている水準にない生徒であれば、求人数に関係なく落とす、ということである。相対評価なのではなく、絶対評価なのだ。

 会社の気持ちは容易に理解できる。会社は、一度採用してしまえば、基本的にその人の人生全体の面倒を見る義務が発生する。今、目前の事情で不本意な学生を採用してしまえば、後々、それは会社にとっての大きな負担としてのしかかる。会社が社員一人を採用するというのは、これほど深刻で覚悟の要る決断だ、ということは知っておいた方がいい。

 高卒の場合、一社ずつしか受けられないので目立たないが、大卒は何社でも同時に受けられるので、結果はもっと残酷に表面化する。つまり、内定が取れる学生は何社からでも内定を取れるし、内定が取れない学生は、何社受けても内定が取れない。

 さぁ、どうすれば内定がもらえるか、今からできることは何なのか・・・事態が楽観できないことを踏まえて、ここからが本当の勝負だ。


(他の記事省略)


(裏面:9月26日付け『毎日新聞』より、クローズアップ2013「防潮堤の高さ民意反映か 行政判断か 議論の行方 復興左右」を引用。

平居コメント:石巻は比較的静かだけど(←これがいいとは限らない)、各地で防潮堤の議論が熱い。津波が心配→防潮堤建設と考えるのは自然だが、景観、海と関わる機能、そして市町村から国に至るまで借金だらけの現在、建設・維持管理の費用をどうするかなど、いろいろなことを考えながらの議論が必要だ。)