これは妄想だろうか?



 国会が95日間という異例の長期延長をすることになった。これだけ違憲論が激しく表面化しているのに、政府は合憲だと言い張っている。何が何でも、新しい安全保障法制を可決に持ち込むつもりと見える。当たり前だ。なにしろ、国会で議論を始める前に、アメリカに対して首相自らが公言してしまったのだから・・・ね。

 自民党内がどれだけ一致結束しているのかは分かりにくいが、やろうと思えば、数の力で今すぐにでも可決させられるはずだから、会期延長はむしろ良心的なのかも知れない。・・・もちろん、それは暢気な戯れ言。

 そう言えば、今朝の『毎日新聞』に載った元国家公務員・堺 治久氏(71歳、京都府)の投書は面白いと思った。安全保障法案について、マスコミは国会議員全員の意見を報道して欲しい、という意見だ。確かにその通り。政党単位では小さな異論が見えにくい。もともと、国会は、「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」(憲法第43条)と規定されていて、その議員が党議拘束に服するのは、政治上の便宜的な許容措置であろう(言いすぎかな?)。これだけ重要な問題であれば、もう少し、「全国民を代表する」議員個々人の意見が見えてもよい。組織の亀裂や、議員の本当の姿(良心や狡猾さ)が露わになってきて、議論を進める上で意味があるのではないか?

 ところで、昨日、海上自衛隊フィリピン海軍とともに、中国が領有権を主張する南沙諸島周辺で、合同救助訓練を行った。いろいろな妄想が湧いてくる。

 このような軍事訓練によって刺激されたふりをした中国が、日本がいかにも集団的自衛権を行使したくなるような軍事行動に出たとする。自民党や一部のマスコミは、国民の不安感を煽り立てた上で、ほら言わんこっちゃない、国の安全を守るためには自民党公明党が提案したような安全保障法制が必要なのだ、と一大キャンペーンを張るだろう。すると、何が憲法だ、そんなことを言っている場合じゃないだろ、現実を見よ、という声がどんどん大きくなり、護憲論は無力で弱腰の意見として支持を失っていく。安倍自民党政権は、戒厳令下にあるような日本において、ますます強固な地位を獲得していく。一方、中国は、日本の政権が右傾化していけば行くほど、歴史認識問題を外交カードとして使いやすい状態が保たれるわけだし、いくら安倍政権でも、積極的に中国本土を攻撃したりする可能性は極めて低い。

 つまり、日本とフィリピンの合同演習は、中国をおびき出すためのパフォーマンスかも知れない。法案の議論がこじれるのは、架空の想定に基づいて議論をするからだ。日本が危険な状況にあるかどうかなんてどうでもいい。この法案を成立させなければアメリカに顔向けできない。これらのことを踏まえて、安倍政権は、中国が危険な、もしくは危険に見える行動をとることを期待している。中国が巧妙に中途半端な軍事行動を取ることで、新安全保障法制は違憲のまま民意に支えられ、改憲へのハードルは極端に下がり、政権はやりたい放題ができ、中国も怪我をせずに、日本に対して優位を保てる。腹黒い人たちにとって、これほど魅力的なシナリオはあるまい。

 平居の妄想と簡単に笑ってはいけない。権力というのは、それほど汚く、嫌らしく、恐ろしいものなのだ。だが、上のシナリオのようにことが動き始めた場合、その時こそ、国民の本当の力が問われてくる。それで、最後まで上のシナリオのように進むんだったら、自民党ではなく、国民全体の責任なのだから仕方ないな、と思う。ふふふ・・・。