ヨットレースの楽しさ



 そう言えば、先々週、仙台空港に行くために仙石・東北ラインの快速列車に乗ったところ、旧知のS先生と同席することになった。S先生は、私よりも25歳くらい上で、同僚として接したことはないが、部活のOB会で何度かお会いしたことがあった。前々任校のワンダーフォーゲル部で、私より何代か前の顧問だったのである。実は、ワンダーフォーゲル部だけではない。ヨット部の顧問をしたことがあるという点でも、私と共通する。

 電車の中で、そのヨットの話になった。先生にもいろいろな思い出がおありのようだったが、私自身も、その学校で1年間だけながらヨット部の顧問を務めたことは、とてもよい思い出となっている。

 ヨットのレースをテレビで見る機会はない。アメリカ杯の様子を、ニュースで断片的に見るのがいいところだろう。沖で行うために、関係者以外の人間がその様子を目にする機会はない(外国では観戦艇が出たりもするようだが・・・)。私がヨット部顧問をしてよかったと思うのは、そのおかげでヨットレースという、おそらくはこの世で最も面白い競技を見ることが出来たからである。なにぶん20年以上前の話で、記憶にはあやふやなところもあるし、専門家から見ればいろいろ問題のある記述にはなるかも知れないが、ヨットレースの面白さというものについて、少し書いておこうと思う。

 図説すればすぐに分かるものを、言葉だけで書くと非常に分かりにくくなる、という典型がヨット競技のコースである。ただ、写真や図表は載せないというのがこのブログのルールなので(笑)、少し面倒にお付き合いいただく。

 2艇の船でスタートラインを作ってブイ(1)を打ち、そこから風上に約1キロ行った所にブイ(2)を打つ。その中間点から左に移動し、ブイ(1)と(2)を結ぶ線を底辺とする二等辺三角形になるようにブイ(3)を打つ。スタートしてから風上に走って(2)を回り、右斜め風下に走って(3)を回り、今度は左斜め風下に走って(1)を回り、もう一度(2)を目指して、(2)を通過した所に設定されたラインにゴールする、これがヨット競技のコースである。

 さて、これがなぜ面白いかというと、先ず第一に、洋上で船がぶつかりそうになる時の航路優先権という法的問題があって、絶えず自分の艇が相手に航路を譲らせるような形でコース取りをしながら、なおかつほんのわずかな海面の様子の違いから、風のある場所を選んで走るといった高度に知的な駆け引きがあるからである。

 ヨットはまっすぐ風上には走れないので、(1)から(2)まではジグザグに走る。この時、全ての艇が一斉に舵を切る(タックと言う。船尾に付いたいわゆる「舵(ラダー)」だけでなく、帆の向きも動かす)わけには行かないから、それぞれジグザグに走っている艇が、ぶつかりそうになるということがしばしば起きる。もちろん、出場艇数が多ければ多いほどその頻度は高くなる。船というのは、右から来た船には航路を譲らなければならないという規則があるので、自分の右手には他の艇がいない状態を作りながら、できるだけまっすぐ(2)を目指すのがいい。しかし、それは難しい。更に、ブイを回り込む時には、できるだけブイに近い場所を通るのが走る距離を短くするためにいいのだが、これも、複数の船が同時にブイにさしかかった場合、どの船に航路優先権があるかというのは、その時のそれぞれの船の位置によって決まってくる。

 このレースの様子を、スタートラインの審判艇から見ているとどうなるか?海の上は広くて平坦なので、距離感覚がなくなる。つまり、遠くを走っているヨットは、少しくらいの距離の違いなら、どの艇が前でどの艇が後か、非常に分かりにくい。ところが、ジグザグに走っている艇の航路が交わる瞬間、どちらの艇が前にいるかが分かる。左右から接近してくる艇のどちらが勝っているのか、それが判明する交わりの瞬間を見つめるのは、本当に手に汗握る思いである。また、ヨットが遠くに行ってしまうと、どれがどの学校の艇かが分からなくなってくる。それが分かるのは、(2)を回り込んで風下に向かい始めた瞬間だ。その時ヨットは、舳先の所にスピネーカーという丸い帆を揚げる。追い風を受けるための帆だ。常時張ってある2枚の三角形の帆は全て同じ白だが、このスピネーカーは学校ごとに色や模様が違う。だから、スピネーカーが揚がった瞬間に、それがどこの学校の艇かが分かる。この瞬間のわくわく感も相当なものだ。つまり、ヨットレースを面白いと思う第二の理由は、この交わりとスピネーカーを見つめる時の緊張感、高揚感である。

 幸か不幸か、ヨットレースを見る機会があったのは、その1年だけだった。前任校でも2年間、ヨット部の第三顧問というのを山岳部、応援団の顧問と兼務したことはあるが、メンバーが不足し、活動が低調だっため、2〜3度練習に付き合っただけで、大会の引率をする機会はなかった。もちろん、日頃から、部活動なんて高校教員の仕事じゃない、とブツブツ言っている立場からすれば、第三顧問とはいえ、部活動を三つも掛け持ちしていただけで十分に余計なことであり、大会の引率はむしろ「避けられた」と言うべきである。しかし、それによって、貴重なヨットレースを見る機会を持てなかったのが残念だ、というのもまた確かである。出来れば傍観者として、ヨットレースはまた見に行ってみたい。いまだによく思う。