「生前退位」報道に思う

 天皇(ごめんなさい、「陛下」と付けることには少し抵抗があります)が生前退位の意向を持っておられる、という報道があったのは7月14日だったと思う。ところが、16日には「早期退位希望せず」という記事を目にした。いったい、天皇ご自身の本心はどうなのだろう?
 しかし、思えば、天皇の本心というのは、容易に窺い知ることはできない。天皇には自由な意思表示が許されていない。天皇の「お言葉」の隅から隅まで、宮内庁がチェックし、許可したものだけが外に出る(はずである)。通常、私たちは、表情や言葉の端々に滲み出てくる微かな何かによって、天皇の人柄や本心を忖度しているだけである。なにしろ、ちょっとした写真でも、発表には宮内庁の許可が必要なはずなので、私が忖度した結果として抱いている天皇像は、100%虚構である可能性も否定出来ない。
 となれば、なぜこの時期に、生前退位の意向があると宮内庁が漏らしたのか、そもそもそれは宮内庁=政府の意志ではないのか?というあたりは、慎重に見極めようとしなければならない。聞くところによれば、8日にも天皇ご自身が、その点についての思いを語るということだが、ならばそれこそ天皇の本心、などと思うのはやはり危険である。気の毒なことに、それほど天皇というのは徹底的に囲い込まれた存在だ。天皇があまり自由に意思表示をするのも、「国政に関する権能を有しない」とする憲法第4条との関係で問題があるが、内閣が天皇を完全に支配下に置くことも、天皇の政治利用を可能にするという意味で危険だ。
 御年82才となれば、一般人の定年年齢を遥かに超えているわけだから、退位という話が出ても何ら不思議ではない。以前少し書いたが、私は柄にもなく今の天皇夫妻を敬愛している。たとえそれが宮内庁によって作られたイメージに過ぎなかったとしても、穏やかで慈しみに満ちた、豊葦原の瑞穂の国「日本」の美質を体現しているような方々だと思う。「象徴」という言葉は曖昧で、危険な感じもするが、今の天皇に関して言えば、日本という国の「象徴」であるという言い方がしっくりくる。この方が日本を「象徴」しているとすれば、日本もいい国だな、とさえ思う。だから、外国からの賓客や外交使節に対して、この方が「象徴」として接して下さることは、日本国民として喜ばしい。たとえ公務が全う出来なくなったとしても、なにしろ「象徴」なのだから、いてくださるだけでいい、という考え方もありだな、と思う。
 最初の報道では、生前退位について政府は数年をかけて議論するというような話だったが、これを見て笑った人は多いだろう。数年というのは、82才の方の処遇について議論をするのに許される時間ではあるまい。翌日には、今年の天皇誕生日をめどに、となっていた。
 私が面白いと思ったのは、7月15日の河北新報にあった、「宮内庁の一部ではこれまでも、典範改正に関する研究が続けられてきた」が、「生前退位は、両陛下が1月末のフィリピン訪問を終えた後の2月以降、今後の公務の負担軽減を話し合う過程で研究が進んだという」というくだりだ。ド素人である私からすれば、生前退位を認め法制化するかどうかは、極めて単純な政治的判断の問題であって、「研究」が進むとか進まないとか言うようなものではない。「進んだ」と言われる「研究」がどのようなものなのか、一度教えていただきたいものである。
 天皇の意向をどう扱うか、扱い方によっては天皇の政治介入を認めた形になることの懸念は、7月14日以降、いろいろと取り沙汰されてきた。昨日の河北新報では、過去の内閣法制局長官が国会で天皇の地位について述べてきたことを取り上げ、生前退位を認めることは、それらとの整合性が保てないから政府は苦慮していると伝えていた。耳を疑うような話だ。過去の政府答弁をないものにするため、内閣法制局長官を更迭してまで、憲法に関する重大な解釈変更をごり押ししたのは何党の誰だったのだろうか?
 それに比べれば、天皇生前退位で引き起こされる問題なんて、形式的もしくは感情的なものであり、取るに足りないほど軽微だ。河北には、歴代内閣法制局長官の国会答弁や、生前退位を認めることの難しさに関する要人の発言を幾つも紹介していたが、なるほど、それは確かに難しい問題だ、などと思わせられる言葉は一つもなく、「それについてはこう考えればいいでしょう」と容易に反論・説得出来るものばかりだ。これまでの政府見解に縛られて、生前退位の議論が難航するとしたら、それはなんとも胡散臭い。憲法を尊重していることをアピールするための政治的パフォーマンスではあるまいか?
 こうなってくると、どうも私には、今の天皇憲法に対して愛着を持ち、尊重しておられるようであることを目障りに感じている(と想像出来る)現政権が、参院選で大勝して、いよいよ悲願の憲法改正へ向けて一歩を踏み出そうとするときに、ご高齢と天皇ご自身の意向を理由として、生前退位を持ち出してきたように見える。皇太子(殿下)も、憲法を尊重する姿勢を持っていることについて、天皇に決して劣ってはいないように見えるが、年齢からしても国民の人気という点からしてもまだ扱いやすい、と見られているのではないか?
 こんな私の猜疑心を怒ってはいけない。火のない所に煙は立たないのだから・・・。