水ポテンシャル!?

 昨晩は「ラボ・トーク・セッション」の第2回であった(→前回の話)。今回のゲストは植物学者の依田清胤(よだ きよつぐ)氏である。中南米原産のメスキートという豆科の植物を、砂漠化を食い止めるためにスーダンに移植し、それがどうなったのか、というお話。
 なにしろ乾燥に非常に強い植物なので、「深根性」というらしいが、とにかく根が下へ下へとよく伸びる。先生が発芽させたメスキートを樹脂で固めた標本を見せていただいたが、根の長さは地上部分の約10倍に及ぶ。これが、少し水を与えると、「木」であるにもかかわらず、1日に4センチという驚異的なスピードで伸びるらしい。しかも、非常に鋭く大きなトゲは持つものの、一年中実がなっていて家畜の大好物となれば、砂漠化を食い止めるためには最高だ、という話になるのも当然であろう。
 ところが、これが一部の、本当に乾燥がひどくて何も育たない場所ではうまくいったものの、多少なりとも降水があって、他の作物栽培が出来る場所では、大変な害を及ぼすことになってしまった。セイタカアワダチソウと同じで、発芽能力が極めて強く、成長速度も極めて速い上、動物が好むために種子が動物の糞とともに拡散されるため、作物栽培が出来る場所を侵略するようになってしまったのである。
 先生のような研究者が駆除のための方法を考え、とにかく、発芽して間もないうちに抜いてしまうことを奨励したが、スーダン人はなかなかその作業に本気にならない。その背景として、耕作地の所有者が固定されておらず、毎年くじ引きでその年の耕作地を決める、だから土地に対する責任意識が希薄になる、といった事情があるらしい。理系の研究だけでは物事は解決しない、人文的な側面が非常に重要だ、というようなことを先生は述べておられた。
 先生は、砂漠の植物が専門なわけでは決してなく、日頃はケヤキを使って、植物が水をどのように吸い上げているか、というようなことを研究されているらしい。最初の「講演」部分が終わって、お酒を飲みながらそんな話を伺っていた時びっくり仰天したのは、「植物は葉から水を蒸散させることによって真空状態を作り出し、その負圧によって水を吸い上げるというのが一般的理解だが、それだと大気圧との関係で、10メートル以上水を吸い上げられることの説明がつかない、そこで水ポテンシャルという考え方が持ち込まれ、この50年あまり揺るがぬ定説になっている」というお話だ。「水ポテンシャル」って何ですか?と思わず聞き返してしまったが、その後の説明を聞いても、上手くだまされている、という感じしかしない。主催者団の一人であるSさんなんて、「まるでオカルトの世界ではないか」などと憮然としている。先生自身もその定説には問題を強く感じていて、だからこそ、その学説を乗り越え、もっと納得の出来る説明をするために研究に励んでいるらしい。
 文系の人間として、徹底的に主観を排除し、合理性を追求している理系の世界に、並々ならぬ敬意とあこがれとを抱いているつもりの私としては、なんだかその人間くささに妙な親近感を覚えたが、一方で、それではちょっと情けないな、という一種の侮蔑の感情を抱いたのも確かだ。深く伸びる根っこの話に止まらず、話は聞いてみるといろいろ面白いことが出てくるものである。
 先生はお酒が大好きらしい。ところが、雨あられと降り注ぐ質問に答えながら、先生はお酒を飲まない。どうしても今日取っておきたいデータがあるので、大学に戻らなければならないと言う。当初の予定を大きく越えて、2時間半もお付き合いいただいたが、先生は9時にお帰りになった。研究者としての姿勢の厳しさというか、情熱を感じた。