敵基地攻撃能力

 防衛に関する議論が風雲急を告げている。と書けば、いかにも私が政府案(敵基地攻撃能力についても、防衛費問題についても)に反対の立場を取っているようだが、必ずしもそうではない。残念ながら、私には何が最善の選択なのかが分からない。なぜなら、戦争には理屈が通用しないからだ。防衛力強化に関する問題は、核兵器禁止条約をどう扱うかという問題とほぼ同じである(→それについての私の見解)。
 どんな理由で戦争が始まるかにしても、たいていは大義名分というものがあって、これは日頃の国内政治を見ても分かるとおり、その多くは「こじつけ」である。いや、普通はそんなことは恥ずかしくてできないのだが、戦争を始めるくらいの人にはできるのである。例えば、ロシアのウクライナ侵攻について言えば、「NATOの脅威」といくら言っても始まらない。NATOは防衛組織であって侵略組織ではなく、実際にロシアを攻撃していない。ロシアが攻撃を開始しなければ、NATOが最初に戦争を仕掛けたかと言えば、その可能性はゼロだった、と私は思う。それでも、ロシアの言い分は、「NATOの脅威」「ナチ化からロシアを守る」だ。
 日本に関して言えばどうだろう?他国が日本を攻撃する価値があるかどうか・・・それは冷静に過ぎる議論だ。たとえ、日米安保条約を破棄し、その上で北方四島竹島尖閣諸島を完全に放棄して、日本にとって領土問題が存在せず、アメリカとグルになってどこかを攻撃するという可能性もない状態を作ったとしても、日本を攻撃したくなった国にとってはどうでもいい話で、何が攻撃の口実になるかなど見当が付かないのである。
 例えば、中国が台湾を武力侵略(併合)しようとした場合、アメリカはそれを見捨てないと言っている。日米安保条約を破棄し、日本から米軍基地を一掃すれば、米中対立の余波は日本に及ばないだろうか?おそらく、そんなことはあるまい。仮に中国が何もしなかったとしても、アメリカが日本に強力な圧力をかけるだろう。極端とも思える話、日米貿易が停止すれば、本当に困るのがどちらかは火を見るよりも明らかだ。やむを得ず、日本が間接的にもせよ、アメリカを支援したとしたら、中国はそれを黙認はするまい。
 中国が台湾攻撃作戦の一部として、南方の海上封鎖を行い、南方向から日本に航路が確保できなくなった時(これは石油輸入の多くが途絶えることを意味する)、日本はどうするだろう?「仕方ないね」では済まないのではないか?公海である以上、軍を展開して海上封鎖をしてはいけない、などという理屈はそういう国に通用はしない。中国は九段線の内側を全て自国領として扱うかも知れない。何かしらの対処をした時、中国は日本に対してどういう対応を取り、それに北朝鮮やロシアがどのように反応するのか・・・。
 だが、今よりもはるかに強い防衛力を持てば、それが抑止力になって戦争を防げるかと言えば、それも怪しい。また、実際に敵から攻撃された時に、「自衛的」に敵基地攻撃を行うことで、その後の攻撃を停止させられるかと言えば、これは防衛力が抑止力になるかどうかということ以上に怪しい。狂気と戦闘状態は鶏と卵の関係である。狂気によって戦争は起こるが、何かの弾みで起こってしまった戦争によって狂気に陥るというのも確かだ。日本を先制攻撃した敵が、日本から「防衛のための」ミサイル攻撃を受けたとして、「自分たちが悪いことをしたのだから仕方がないな」などと考えるわけがない。
 では、丸腰になれば、相手の猜疑心や好戦心を刺激せず、平和が保たれるかと言えば、そんな保証は全然なく、どんな状況でも受け入れるという覚悟が必要になる。と書いて、私の思いが堂々めぐりとなっていることに気付く。この堂々めぐりは、結局「私には分からない」という意味だ。
 共産党系(?)教職員組合の議論など見ていると、防衛力の強化には極めて批判的で、「戦争する国作りだ」ということが言われる。しかし、政治家にしても財界人にしても、戦争はもうかる、だから戦争をしたい、などと考えている人がいるとは思えない。もちろん、大量の国費が動き、それによって潤う人が防衛力の強化を強く望むということはあるだろう。だが、その人たちにしても、実際に戦争が起こった時に、自分は被害を受けることなく、利益だけを享受できると考えるはずがない。防衛力は大いに強化したいが、戦争は絶対にごめんだ、というのが本音であろう。
 残念ながら、現実の世界を見れば、より高度で強力な軍事力を持ち、お互いに牽制し合うことでしか平和(=戦争しない状態)は保たれないようにも見える。そんな現実に目を向ければ、今、日本が選択しようとしている方向性は正しい。しかし、それは際限のない軍拡競争に参加することでしかない。その先に何があるかと言えば、「一触即発」が実際に起こってしまった時の地球の破滅である。
 本当は、私がたびたび言うとおり、人類の持続可能な生存を実現するためには、環境問題を最優先に考えて、全ての国が軍を放棄するしかないのだが、それが出来ないということは、結局のところ、人間は自然による裁きを待つしかないということだ。
 こんなことを考えながら、私は自分の態度が決められない。それでもあえて、と問われれば、せいぜい現状維持かなぁ?・・・いずれまた。