「~ぶり」考

 昨日(7月3日=現地2日)も、エンゼルス大谷翔平選手がホームランを打った。7月に入ったばかりなのに、既に今シーズン31本目である。日本のプロ野球で、WBCに出た選手の不振が続く中、例年にもまして好調を維持しているというのは、感嘆するにも言葉が見つからないほどである。
 ところで、今朝の新聞に載った共同通信の記事には、「2試合ぶりの31号ソロを放って~」と書かれている。大谷が第30号のホームランを打ったのは、7月1日(現地6月30日)である。30号と31号の間に行われた、つまりホームランを打たなかった試合は7月2日(現地1日)の1試合だけである。
 大谷がホームランを打つたびに、「~試合ぶり」と書かれるのを見ては違和感を覚える。もう少し正確に言うと、「違和感」と言うよりは、2本のホームランの間にどれくらいの時間が経過したのかが分からず、混乱すると言った方がいいかもしれない。
 私には「~ぶり」という日本語の意味が分かっていないのではないか?と思われてくる。仕方がないので、安直にも、身の回りにあるいくつかの国語辞典を引いてみる。古いものばかりで恥ずかしいが、例えば・・・

「時間が、かなり経過したことをあらわす。『1ヶ月ぶりの雨・40年ぶりの再会』」(三省堂『現代新国語辞典第5版』2015年)
「それだけの時間がたって、再び同じ状態になったことを表す。『1年ぶり』」
(旺文社『国語辞典第10版』2005年)
「時間を表す語に付いて、時日の経過の程度を表す。『久しぶり』『1年ぶり』」
岩波書店広辞苑第5版』1998年)

 そして最後にご本尊、小学館日本国語大辞典(旧版)』(1975年)

「時間を表す語に付いて、それだけの時間が経過した意を表す。『1年ぶりに顔を見て』(浄瑠璃・博多小女郎波枕。上)、『浮世の人の姿を、お玉は何日振りに見たであろうか』(木下尚江『良人の自白』前18)」

 いずれの記述にも、私は違和感をまったく感じない。では、なぜ「大谷が2試合ぶりにホームラン」には違和感を感じるのだろうか?
 それは、「ぶり」の前にある「時間を表す語」が点だからだ。「1年ぶり」「1ヶ月ぶり」「40年ぶり」の「年」「ヶ月」はいずれも線である。それに対して、「2試合ぶり」の「試合」は点である。大谷の30号と31号の間に行われた試合は1試合。「2試合ぶり」という表現は、試合から試合までの間を「1試合」という線と考えたことによる表現だ。現地6月30日に30号ホームランを打ち、7月1日の試合までで1試合経過、7月2日の試合までで2試合経過、そしてその試合で31号を打ったから「2試合ぶり」。理屈は分かるが、これは時間の表し方としては正しいとは言えない。「試合」は断じて時間経過を表す語ではないのである。
 だが、新聞とて何も考えずに誤用をしているわけではないだろう。例えば、7月1日の試合でホームランを打った。5日の試合でもホームランを打った。「4日ぶり」のホームランである。しかし、この間に何かしらの事情で試合がなかったとすれば、これは2試合連続のホームランである。
 あるいは、7月1日の試合でホームランを打った。次にホームランを打ったのは10日である。「9日ぶり」だ。この間にあった試合はホームランを打った試合を含めて6試合であり、3日は試合がなかったとする。野球の場合、往々にして試合数に対してどれくらいの密度(頻度)でホームランを打ったかが問題になる。そう考えることによって、「このペースでホームランを打てば、シーズン終了時には○本になるはずだ」というような計算ができるからだ。つまり、「9日ぶりの」よりも、「前のホームランから6試合目で」の方が、野球の情報としては価値が大きいのである。
 しかし、いちいち「前のホームランから6試合目で」などとは言っていられない。そこで、「6試合ぶり」なる言葉が生み出されることになった。およそこのような事情ではないだろうか?
 それでもなお、私は素直に「2試合ぶり」を理解することができない。ひとつの試合から次の試合までの時間経過を「1試合」と表現することが、言葉の使い方として間違っているからであり、この間にホームランを打たなかった試合は1試合だけなのに、「2」という数字を使うからでもある(案外、後者が重要かも・・・)。
 私がアホなだけであって、世の中の人々はこの表現に何の分かりにくさも感じていないのであろうか?そんな指摘を聞いたことがないので、あえて書いておくことにした。