次は第1番に戻るしかない

 日曜日は、珍しく妻と二人で、知人からもらったチケットを握りしめ、東北大学・萩ホールに伊藤恵(いとう けい)のピアノリサイタルを聴きに行った。
 伊藤恵は、私にとっておそらく2回目。1回目というのは、仙台フィルの第152回定期(1999年11月)だったのだが、これまでのところ、私の人生でただ1回、遅刻した演奏会として鮮明に記憶している。わずか数分の遅刻だったのだが、不幸にして、序曲類なしで始まった演奏会だった。ブラームスのピアノ協奏曲第2番の長い第1楽章を、私はホールの外のモニターで、ぼやーっと聴いていた。・・・なぜ遅刻したかについても、ちょっとした事情があったのだが、まぁ、今日はどうでもいい話。
 さて、日曜日の演奏会は、ベートーヴェンの最後の三つのソナタであった。これくらいの曲になると、誰がどんな弾き方をしているかなど、規格外の駄演でない限りどうでもよい。ベートーヴェン晩年の澄み切って奥深い境地が、本当によく表現されている。「晩年」とは言ったものの、それらを作曲した時、ベートーヴェンはまだ50歳そこそこに過ぎない。今の私より10も若いのである。なぜ彼がそんな境地に達し得たのだろう?
 言うまでもなく、その時ベートーヴェンは聴力を完全に失っていた。大変失礼ではあるが、ベートーヴェンが視力も失っていたら、音楽は更に深みを増したのではないか?という想像をしてしまう。ベートーヴェンは聴覚を失うことで、自分の内部へと沈潜していき、驚くべき境地に達し得たように思われるからだ。
 演奏会が始まる前から私が気にしていたのは、アンコールはあるのだろうか?ということだ。地方都市だということもあり、チャリティーだということもあって、アンコールなしでは済まないだろうな、と思いつつ、ソナタ第32番の後に、場をぶち壊しにしない曲というのがどんな曲なのか、私には想像できなかったからだ。
 終演後、3度目にステージに登場した時だったか、伊藤氏はマイクを持っていた。そして、ピアノの横に立ったまま語り始めた。私が特に感銘を受けた点を中心に、要点だけ書き記すと、およそ次の通りである。

「アンコールはありません。第32番のソナタの後に演奏出来る曲が思い浮かびませんでした。演奏するとすれば、第1番のソナタに戻るしかないのかな?などと考えます。これらの曲を練習しながら、1音1音思いを込めてたどっていると、まるで写経をしているような気分にさせられます。自分も、いつどうなってもおかしくないような年齢になりましたが、なかなか及ばない、偉大な作品だと思います。」

 アンコールをしないということについて、その思いを言葉にしたのはとてもいいことだったと思う。私は共感し、心の中で喝采した。そして、「32番の次に何かを演奏するとしたら1番に戻るしかない」という部分は、特に強く印象に残った。
 これを聞きながら私は、あぁ、この人は仕事としてではなく、正に1人の人間として誠実かつ真剣に音楽と向き合っているのだ、と思った。

 ホールの前の広場は、学生や親子連れで賑わっていた。石巻より多少気温が高い仙台は、桜が満開。青空も広がって、少し暑いくらいだったけれど、いかにも「春」という明るさが心地よかった。