今年の2月、人間ドックに行った時に、「右目網膜の血管怒張」という指摘があり、眼科で精密検査を受けるようにと言われた。慌てて、知り合いが経営している石巻市内の眼科に行ったところ、「右目は特に問題ないが、左目の視野が一部欠けている。すぐに診断できる状態ではないので、半年後にもう一度来るように」と言われた。9月下旬に行って、改めて検査したところ、「緑内障と考えていいであろう」との診断が下り、1日1回、点眼することになってしまった。
私は昔、C型肝炎の患者だったことがある都合で(→そのことに関する記録)、今でも年に1~2度、かかりつけ医にエコー検査を受けに行く。その際、数年前から、前立腺肥大を指摘されるようになった。その頃は、特に異常がなく、前立腺がんの腫瘍マーカーが基準値内である限り、特に治療も必要なかろうということになったのだが、1年くらい前から、いよいよ排尿障害を感じるようになっていた。夜中にトイレに行くのは毎日ではないが、行くと、なかなか尿が出ない。数分かけて出しても、残尿感がある。もっと深刻なのは、日中、尿意を感じてからわずか数分で限界に達してしまうことがある、ということだ。そのうちどこかで「お漏らし」という事態になりそうで怖い。
私はついに泌尿器科を受診することにした。石巻と東松島の市境に、泌尿器科や脳神経外科を中心とする比較的大きな病院があって、そこの院長(泌尿器科医)がこれまた知り合いである。春に、ごく一般の外来患者として行ったら、あまりにも混んでいて受診を断念した。今日は、勤務先の高校が芸術鑑賞会で実質的な午前授業であった。よし、こんどこそ行くぞ、と思って、午後に休みを取ったが、念のためと思ってホームページを見てみると、木曜午後は泌尿器科が休診と書いてある。仕方がないので、奥の手、院長に直接連絡をして、特別枠で診てもらうことにした。
簡単な問診の後、エコーで見てみて、「うわぁ、ずいぶん大きくなってるねぇ。普通の3倍くらいかな」とおっしゃる。文句なしの前立腺肥大だ。過活動膀胱の症状も見られるという。2種類の薬を処方された。
そのエコーの際、「少し腎臓に膨らみが出来ているので、よくあることなので大丈夫だと思うけど、念のためCT検査だけしておきましょうか」と言われた。それをするためには造影剤の注射が必要で、それを注射するためには、予め体質を確認しておく必要があるとかで、採血された。CT検査は、11月12日の夕方に受けることになった。
というわけで、目下、眼科と泌尿器科で3種類の薬を使う身となった。11月12日の結果次第では、また何かが増える可能性もある。
じじくさいなぁ、と思う。連日病院通いだ、などという老人の話を聞いて、我がこととして考えたことはなかったけれど、なんだか自分もそうなりそうだという気がしてきた。しかも、3割負担とは言え、一度医者に行くと、薬代も入れて3000~7000円くらいのお金がかかる。再任用教諭で、給料半額となった身にはなかなかつらい。
中途半端に発達した医学の力によって、よぼよぼの老人として、人の助けも借りながら「生きているだけ」にはなりたくない。しかし、変な症状が出て来たり、職場検診などで異常が指摘されれば、やはり治そうとしないわけにも行かない。ただ、小さな治療の積み重ねとして、「生きているだけ」の老いにも至ってしまうのだろう、とは思う。
本当は、検査も治療もせずに生きて、いずれガクッと崩れるように死にたい。しかし、検査も治療もしなかったからと言って、そんな死に方が出来るという保証はない。ごくごく平凡な、人並みの「老い」に悩む私である。