これも大学の治外法権?

 高校は6月から普通に授業が始まったけれど、相変わらず通勤の列車が空いているということは、もしかすると大学はまだ始まっていないのかなぁ、と思っていた。
 この間いろいろ調べたいことがあって、大学図書館に行きたいと思っていた。しかし、ホームページを見てみると、3月以来、大学の図書館も完全に閉館となっていた。7月半ばに、ようやく部分的に開館したことを知ったが、学外者は入館できず、事前予約で貸し出しのみ認めるとホームページに書いてある。それでも、本を一切見られないよりはいいかな、しかし、私は車で行くわけではないので、せいぜい5冊くらいしか借りられないし、通常は、ちょっと見れば要らないことが分かる本も多いのに、いちいち借り出さなくちゃダメなのも困るなぁ、などとあれこれ思った。
 背に腹は代えられない。先週末、借りたい本を4冊に厳選して、メールで予約をした。ところが、返信によれば、貸し出しは2冊までだという。2冊借りて持ち帰り、また出かけて行って、他の2冊を借りるなどということをやってはいられない、と思ったので、受付に4冊置いておいてもらい、最初に2冊借りて文学部の某研究室で目を通して返却し、その後他の2冊を借りて同じようにし、コピーを取って済むものは済ませ、家に持ち帰りたいものについては2冊以下にして持ち帰る、というやり方を取らせて欲しい、と改めてお願いしたところ、私の要望を聞いてくれることになった。それでも、いつもは10冊以上書庫から出してもらい、ものすごい勢いで目を通して、必要箇所だけ手当たり次第コピーして帰って来る身としては、もどかしいことこの上ない。
 なにしろ大学は遠い。勤務先から20分電車に乗って仙台まで行き、そこから更に30分歩かなければならない。なかなか、覚悟が必要なのである。
 大学に行ったのは一昨日。奇しくも、その日の朝日新聞に「オンライン授業 憤る学生」という大きな記事が載った。やはり大学は閉鎖中の所が多く、そのことについて多くの不満がSNS上で飛び交っているのだという。

「大学生になったのに友達ゼロで夏休み。」
「人生で初めて多額の借金をして大学に通うのに、毎日一人家で頑張っている。」
「小中高が良くて、ディズニーが良くて、夜のお店が良くて、大学はダメなんですか。」
街で楽しそうに話をする高校生を見ながら「大学生の日常だけが壊されている気がします。」

 いやぁ、全くそのとおりだ。不思議なことに、宮城県内版の記事でもないのに、紹介されている大学側のコメントは、宮城大学東北大学のものだ(あ、他に福岡工大もある)。
 で、話を大学図書館に戻す。
 32℃を超える暑さの中、駅から歩いて予定通り13時に図書館に着き、最初の2冊を借りて、場所とコピー機を借りようと文学部の某研究室に行ったら閉まっていた。見れば、他の専攻の研究室も、先生の個室も、ほとんどの部屋で電気が付いていない。あきらめて、一度外に出、講義室の下の日陰になっているベンチで本に目を通し始めた。少ししてから、コピーを取りに生協に行ったら、閉まっていた。感染対策のため営業時間が「10~14時」だと書いてある。14時を過ぎたら、食堂や書籍点だけでなく、コピーも終わり。
 あきらめて引き返し、見れば某准教授室に電気がついている。顔を出してみようかと思い、訪ねてみると、冷房もストップなのか、窓も扉も開け放して、半袖半ズボンで机に向かっていた。聞けば、今でも大学は在宅勤務が基本で、事務室でさえも半日勤務なのだそうだ。びっくり仰天。
 場所を貸して欲しいとも言いにくく、仕方がないので、更にウロウロすると、元の教養部のキャンパスの生協は開いているし、学生用の自習室も開いていたので、こんなおっさんがいるのは場違いだなと思いつつ、そこでしばらく本に目を通し、結局、2冊を借りて帰ってきた。
 カルチャーショックと言っていいような状況だ。大学だけ、世間とまったく違う制度の中で、違う時間が流れているかのようだった。それにしても、いかに今は学外の人間相手とは言え、学問の生命線=図書館がこれほど利用しにくいのは犯罪である。研究環境が確保されていて、授業だけが行われていないというのなら、最近の形式主義的な「授業確保」の圧力を、コロナを口実に排除し、研究に専念できる環境を取り戻したと笑っていられるのだけど・・・。本当に、新型コロナウィルスはこれほど深刻重大な脅威なのであろうか?
 過剰なコロナ対策のツケは、おそらく5年か10年経ってから、確実にやって来る。