澤村製硯

 そう言えば、先週の日曜日、雄勝に行った理由を書いていなかった。
 澤村製硯という会社、もしくは、その会社に関する情報を探しに行ったのだ。澤村製硯とは、文字通り硯を作る会社である。東日本大震災前は、雄勝の町の真ん中当たりにけっこう大きな店があった。雄勝は玄昌石という石の産地で、昔から硯製造が盛んだったので、いくつも硯会社があったが、澤村製硯はその中の最大手だったと思う。
 大手だからというのではなく、私はこの会社がお気に入りだった。本業である硯も良かったが、文鎮とか箸置きとか、玄昌石に椿や萩の蒔絵を施したすてきな製品は、昔ながらの硯作りを専らとする他の会社にはなかったものである。値段も非常に手頃。確か、箸置きが5個で2500円、文鎮が800円だったかと思う。餞別とか結婚祝いとか、何かの時にささやかな記念品を贈りたい、という時には重宝だった。
 震災後、なにしろあの雄勝なので、澤村製硯どうなったかなぁ?と気にすることはあっても、なかなか足を運ぶ機会のないままに10年以上が過ぎた。今春異動するに当たって、職場の仲間に少し記念品をと思った時、今まで気になっていた澤村製硯のことが、私の心の中で急に大きくなってきた。
 ネットで探すと、かつてのホームページは閉鎖されている。工場の所在地が探せるので、どうやら存続はしているようだが、通販も含めて、その製品をどこで手に入れられるかは分からない。これはもう、実際雄勝に行ってみるしかないな、と思ったのが10日あまり前の話である。雄勝には、新築成った硯伝統産業会館がある。少なくとも、そこで聞けば分かるはずだ・・・そう思った。
 行って受付のおばさんに聞くと、驚いたことに、まるで澤村製硯を知らないような顔をする。少しして、「そう言えばあそこに工場がある」みたいな話を始めたのだが、言われた通りに行っても、それらしきプレハブがない。ちなみにこの情報は、ネット情報と一致する。いや、プレハブはあちらこちらにあるのだが、看板も出ていないし、人の気配もないので、どれが澤村製硯なのかよく分からない。みつけたお土産屋さんに入って、改めて尋ねてみたが要領を得ない。あれだけ有名だったはずの会社が、地元の人の記憶も含めて、影も形もなくなってしまっていることに驚いた。私はあきらめて石巻に戻った。
 残念である。これは東京・本郷三丁目の交差点の所にあった「かわむら」という羊羹屋がなくなった時か、神戸にあった中国書籍輸入代理店「和平書店」が店を閉めた時(→その時の記事)以来のショックかも知れない。見付けられなかったが、工場があるということは、昔と同じだけの種類があるかどうかは知らず、製品を作っているということで、製品を作っているということは販売されているということのはずなのに、どこで手に入るのかが分からない。通販サイトでも探せない。
 誰か知っている人がいたら教えて下さい。