鉄道の見える学校

 昨日は、天気予報で、夜中に雨が雪に変わると言われていた。私は半信半疑だったのだが、確かに夜9時頃には雪になり、今朝起きてみると、外は真っ白な雪景色。今日は4月の最終日である。びっくり!!もっとも、みぞれの親分のような水分を多く含む雪で、量もたいしたことがなかったため、9時頃までには全て溶けてしまった。
 雨上がりでよく晴れた真っ青な海に、大きな白い船が泊まっている。船の最前部にそそり立つ壁のような居住棟(最上部がブリッジ)が建っていて、その後ろには大きな作業スペースがあるのか、頭でっかちな船である。形だけではなく、全体が真っ白というのも目を引いた。以前にも書いたことがあるが、大きな船で白い船というのはとても珍しいのである。
 あまりにも特徴的なので、朝からパソコンを開くのも面倒だなぁ、と思いつつ、Marine Trafficの画面を開いて探してみる。あった。「きずな」という名前の海底ケーブル敷設船8400トンである。なるほど、後部に作業スペースが必要なわけだ。最近、珍しい船を見る機会がなかったので、単調さから救われる思いがした。「きずな」は、それから1時間後に、沖の方へと去って行ってしまった。面倒に思いつつ、すぐに確かめてみてよかった。
 話は変わる。
 地元・石巻の工業高校勤務になって1ヶ月が経った。通勤時間が往復で2時間短縮された効果は絶大。本当に生活に余裕がある。家族内で申し合わせ、起床時間を変えないことにしたので、朝の家事が終わってから家を出るまでに、1時間も机に向かえる。塩釜神社散歩ができないことだけが少し物足りない。
 異動した時に、何人かの人から「今度は『それゆけ、工業高校!』書けますね」とか、「『それゆけ、工業高校!』書くための異動でしょ?」とか言われたが、私には全然そんな気がない。そもそも、『それゆけ、水産高校!』の時だって、最初からそんな本を書くつもりで生活していたわけではなく、結果としてそんなことになってしまった、というだけである。しかも、水産高校というのはあまり一般的存在でないし、野外での実習があったり、命や食を相手にしているということで、レポートすることには社会的な価値もあったが、工業高校なら普通の人にはイメージが湧く。たぶん、そのイメージはあまり間違っていない。今のところ、工業科の授業には出ていないが、いろいろな機会に、チラッチラッと見ている限り、「見ると聴くとは大違い」ということもないので、わざわざ授業に出ようという意欲が湧かない。
 通勤時間の短縮以外にどんなメリットがあるかはまだ分からないが、ひとつだけ、鉄道がよく見える学校だというのは、鉄分を多く含む私にとって良いことだ。
 学校はJR仙石線陸前山下駅に隣接している。仙石線は、石巻陸前山下だけ貨物輸送が行われている。貨物線は陸前山下駅で分岐して、日本製紙石巻工場に向かうのである。したがって、学校からは仙石線、仙石東北ライン、JR貨物の各列車が見えることになる。
 何しろ、仙石線は単線で、貨物併用の石巻陸前山下も同様である。運行本数など多いわけがないのだが、見ていると、意外に頻繁に列車が通る。特に貨物列車の多さはびっくりだ。多少の語弊はあるが、「ひっきりなしに」と言いたくなるほどである。
 私は美術室の掃除監督で、この部屋が南向きの2階という鉄道見物の特等席。しかも、ちょうど掃除の時間、15:26の仙石線あおば通り行きが出発していったと思ったら、ほとんど間髪を入れずと言ってよいほどのタイミングで、製紙工場からの貨物列車がやって来る。生徒が真面目に掃除をしていることもあって、私は窓を開け、たいてい鉄道見物に専念している。
 以前、どこかに書いたことがあると思うが、私は機関車が引っ張る列車が大好きだ。ところが、本当に残念なことに、今やJRの普通の定期旅客列車で機関車+客車のタイプ(動力集中式と言う)は存在しない。貨物列車だけが、かろうじてそのスタイルを保っている。それでも、私が子供だった頃のように、いろいろな種類の貨物車が連結されているということはなく、ほとんどは単一のコンテナ列車だ。学校から見える貨物列車も例外ではない。全てコンテナ車である。駅から工場までの区間が電化されていないので、DD200かDE10が毎回必ず10輌のコンテナ車を引っ張っている。
 上りも下りも、なぜか必ず陸前山下駅の中途半端な場所で30秒くらい停車する。「ファーン」という優しい汽笛を鳴らして、機関車が動き始める時、引っ張られて連結器の隙間が埋まる時のガチャンと言う音が、前から後へと連鎖していくのがなかなかの快感だ。
  学校のすぐ近くをJR石巻線も走っているのだが、こちらは踏切の警報器も含めて、音だけ聞こえ、列車自体は見えない。それが少し残念だ。