ベームを「消去」する

 娘の文化祭を見に行く以外、特にすることもない1日、DVDレコーダーの中に溜まった録画を少し整理した。消す前にもう一度見ておこうと思い、つまみ食い的に見た番組の中に、先月半ばに録画した「クラシック音楽館・伝説の名演奏」があった。
 4分の3がバーンスタイン指揮するマーラーの「復活」、最後の4分の1がカール・ベームによるモーツァルト交響曲第29番だ。バーンスタインの「復活」は、以前からDVDを持っているので、私が録画した目的はベームモーツァルトである。ベームは「過去の演奏家」という評価をされることも多い人だが、私は嫌いではない。例えば、1975年3月、ウィーンフィルの来日公演で演奏したベートーヴェンの第7番は、私の愛聴盤の一つである。ベームの演奏姿を見ることなど滅多にないので、ベームの部分だけ切り取って保存しておこうかな、などと思いながら録画したのである。
 さて、番組で放映されたのは1973年6月、ウィーン楽友協会大ホールでの演奏会。もちろん、オーケストラはウィーンフィルベームは79歳。ベームは気難しい大学教授風の風貌で、「クラシック音楽堅苦しい」というイメージそのもの。信じられないほど小さな動作で、曲はゆっくりと始まる。遅い。あまりにも遅すぎる。
 第29番というのは、第36番と共にモーツァルト交響曲の中で私の最も好きな曲である。モーツァルトが18歳の時に書いたイ長調の明るく、しなやかで、若々しさにあふれる曲だ。この曲をこの速さで演奏するのはナシだろう、と思った。しかも、ベームは終始一貫無表情。いや仏頂面と言った方がいいも知れない。
 第2楽章から、テンポが標準的なものに近づき、動作も少し大きくなる。その傾向は、楽章が進むにつれて強まり、終楽章は第29番のイメージ通りに生きがいい。ベームの動作も音楽もだ。最後の一瞬だけは、仏頂面のベームも音楽に合わせて口を少しパクパクさせる。第1楽章が異様に遅いだけに、曲の終わりに向かって変化していく様子がドラマチックに感じられる。それを効果として考えた上での第1楽章だとすれば、なかなかの策士だ。
 だが、録画しておいて、今後繰り返し見るかと言われれば、それほどの演奏ではないような気がする。そもそも、客席からベームの後ろ姿を見ているだけならよいが、カメラのおかげで、気難しげなベームの顔を見続けるのはあまり楽しいことでもない。特にこの曲では、そのアンバランスが甚だしい。これならCDで音だけ聴いていた方がいい。
 しかも、第1楽章提示部が終わる直前、「地震情報」のテロップが入った。以前も一度ならず書いたことがあるのだが(→こちら)、本当に止めてくれないかなぁ、この不粋なテロップ。本気で日本を狙ったミサイルが飛んで来るというような正真正銘の緊急事態なら、多少は仕方がないとも思うのだが、北海道東部で発生した最大震度3、M5.9で津波の心配のない地震である。そのテロップが繰り返し繰り返し、第1楽章が終わり、第2楽章に入っても表示される。
 音楽の最中に入るテロップは本当に興醒め。音楽を台無しにする。作曲家に対しても演奏家に対しても、そして視聴者に対しても非常に失礼だ。音楽番組だけではない。8月3日、何を見ていた時だったか憶えていないのだが、ヤクルトの村上宗隆が5打席連続ホームランの日本記録を作ったというテロップが出た。ふざけるな、である。誰が何本ホームランを打とうがどうでもいいと思っている人はたくさんいるだろう。そんな人も含めて、起こった直後に、必ず全ての視聴者に周知しなければならないような大切な情報ではあり得ない。幸い、この時は番組を録画していたわけではなかったが、私はいずれ授業やホームルームで使えるかも知れないという番組を、けっこうこまめに録画している。それにテロップが映り込むのは非常に邪魔だ。
 というわけで、この映像はボツ。私はあまりためらうことなく「消去」のボタンを押したのであった。(物騒なタイトルでごめんなさい。)