今朝の新聞に、ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカの訃報が出た。89歳。どの新聞も、「世界で一番貧しい大統領」という言葉で、その清貧ぶりをクローズアップしていた。
私が以前勤務していた学校では、各教室に「学級文庫」と称するわずか20冊ほどの書架があった。なぜかは知らないが、その多くに『世界で最も貧しい大統領ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀著、双葉社、2015年)という薄い本が含まれていた。生徒に作文やプリントのような作業をさせている間に、私はその本を手に取ってホセ・ムヒカという人のことを知った(→このことに少し触れた記事)。とても魅力的な、ある意味、理想の大統領のように思えた。
盛んに「世界で最も貧しい大統領」と語られるが、ご本人は「私は貧乏ではない。質素なだけです」、「貧乏とは、欲が多すぎて満足できない人のことです」、「物であふれることが自由なのではなく、時間であふれることこそ自由なのです」、「スーツケースはいつも軽めで必要なものだけ。物を持つことで人生を複雑にするより、私には、好きなことができる自由な時間のほうが大切です」・・・と述べる(いずれも前掲『ホセ・ムヒカの言葉』より。以下同)。
ムヒカには、毎月大統領としての給与が約131万円あった。ところが、そのうちの9割を慈善事業と所属政党に寄付し、残りは貯金。ただし、貯金の理由は、自分の農園に貧しい子どもを受け入れる農業学校を作る費用を作るためだそうだ。月々の生活費は約15万円で、それは上院議員をしている奥さんの収入から出ていた。大統領官邸に住まず、首都近郊に妻が所有する小さな農場のたった3部屋の家に住み、古いフォルクスワーゲンを自ら運転して移動し、街中の食堂で飯を食っていたらしい。
私は何と言っても、彼のお金についての考え方に共感する。しかし、それを思想として語るは易く、実行するのは難しい。「もっと金を、もっと豊かな生活を」。おそらく、99%以上の政治家はそのように言っている。一方、ムヒカは「お金があまりに好きな人たちは、政治の世界から出て行ってもらう必要があります」と語る。
だが、よく考えてみると、世の中の99%以上の政治家が「もっと金を、もっと豊かな生活を」と言うのは、選挙民がそれを強く望んでいるからである。同様に、ムヒカのような人が大統領になることが出来たのは、彼のような生き方、考え方を強く支持する人がウルグアイには多くいたからである。ホセ・ムヒカは確かに偉人だ。だが、それがウルグアイ国民の選択によるものであったことも忘れてはなるまい。
政治家としてのムヒカの仕事の中で、私にとって特に印象的だったのは、大麻(マリファナ)の所持、使用、栽培を合法化したことである。その法案は、ムヒカ自身によって提案された。それは一見、正義の逆を行く政策のように見える。しかし、背景と意図をある程度理解すると、ひとつの試みとして評価しないわけに行かなくなる。
ムヒカによれば、処罰や弾圧を重ねても、事態は悪くなるばかりだった。そういう時に、同じことを繰り返していてはいけない。だとすれば、大麻を合法化することで、政府が麻薬市場をコントロールすることに道を開いてみるのも悪くはない。大麻を使用する人は、合法であることと引き換えに、使用を登録しなければならない。それによって麻薬組織から市場を奪うとともに、誰がいつ消費しているかを把握し、必要に応じて注意を促す。大麻の使用を非合法にしてしまうと、そういった作業が出来ないと言う。確かにその通りだ。
この法律は「実験」なのだという。結果が見えてくるまでに少なくとも3~4年はかかり、成功するかどうかも分からない。それでもいい。ムヒカは「進歩の道は、実験、失敗、実験・・・で学んでいくものと考えています」と述べる。個人の生活ならともかく、国家のレベルでそれをするのは至難だ。
そんなことを考えていたら、ムヒカの生活というのは、ウルグアイだからこそ成り立っていたのだ、ということが分かってきた。平坦で広い土地があり、気候温暖で食糧に困らない。政府が扱っている経済規模が小さく、大統領の権限が世界経済に影響を与えることはない。そんな中でこそ、彼のつましい生活も実験的な政治も成り立っていたに違いない。
とは言え、だからウルグアイでは出来ても、日本では出来ない、と言うのは正しくない。得てして凡人というのは、自分が出来ないことの言い訳の材料だけは探し出すのに対して、偉人は、どんなに困難な状況にあっても、それを利用し、あるいはすり抜ける方法を見つけ出すものだからである。
残念ながら、ムヒカの言葉は多くの人に感銘を与えつつも、世界の主流派にはならなかった。しかし、悲観するのはまだ早い。おそらく、ウルグアイには彼の生き方を受け継いでいる人がまだまだいるだろうし、その種がいったいいつどこで芽を出すか、予測することは不可能だからである。
細々とではあっても、彼の言動をこの世に活かす努力をしなければ、と思う。それは彼の偉大さを知ってしまった私たちの務めである。たいへん立派な人生であった。合掌。