恐くて、楽しい沢登り・・・マスコミの問題も含めて



 昨日は、前任校の山岳部の「沢基礎訓練」というのに付き添って、大行沢(おおなめさわ)という所に行った。特に今年は気温が低めなので、9月に入ってから沢に行くのは嫌だなぁ、と思っていたところ、仙台でも久々に真夏日となることが予報された絶好の「沢日和」である。10名の生徒に、顧問1名と「仙台一高山の会」のおじさん6名が付き添うという豪華メンバーで、いざ大行沢!となった。

 久しぶりに、山に行って楽しい、という気持ちになれた。7月に書いたとおり(→こちら)、年齢のせいかぐうたらな日常生活のせいか、特に今年は体調優れず、億劫というか、自分のことが心配で人の面倒を見る余裕がないというかで、とにかく、山に行くことが楽しくなかったのである。幸い、夏休み明けは腰痛に悩まされることもなく、体長はまずまずだ。

 大行沢という沢は、名取川源流、二口(ふたくち)温泉で二口沢から分かれ、大東岳(1356m)の裏道に沿って樋ノ沢避難小屋まで続く沢である。途中に幅の広いナメが連続する場所があるのでこのように呼ばれるようになったのだろう。沢として美しく、天然のウォータースライダーあり、プールあり、生徒が適度にスリルを感じることが出来るような滝もある上、深みに引き込まれるような強い水流の場所はなく、しかも、終始、登山道に沿っていて、どこからでも脱出できるという安心感がある。高校生に沢体験をさせるに、これ以上の沢は全国を探してもそうそうあるまい。

 フルに遡行する場合、二口キャンプ場脇から入渓するのだが、入ったばかりの所に、死んだりするような危険性は一切ないが、見た目はものすごく恐怖感を感じるゴルジュ(廊下=岩が両側に迫り、その間を深い水が流れている所)があって、生徒が通過するのにひどく時間がかかると分かっていたので、そこから駒止めの滝までを省略し、駒止めの滝の上から入渓することにした。一部省略ではあるが、残りの部分だけでも十分に面白い。

 ところで、引率者として、沢に行くのは嫌なものである。水も岩も危険だし、沢の危険を回避しようと思って高巻きをすれば、足元の悪い急斜面という場合が多く、どこをどうしてもリスクが高い。生徒の安全を確保しようと思ってザイルを出せば、慣れない生徒が1人ずつしか動けず、時間ばかりかかる。かくして、とにかく時間が読めない。私は、登山部の顧問になってから20年の間に、たった一度、遭難もどきの騒ぎを起こしたことがあるが、それも沢であった。

 2001年7月28日、石巻高校ワンダーフォゲル部の生徒10名を、3名の顧問で引率し、やはり二口沢の支流である鳴虫沢(なきむしざわ)に行った。事前に顧問だけで下見に入るという用意周到だったにもかかわらず、ザイルを出した2箇所の滝で時間を食ったことなどあって、遡行を終了した時には17時になっていた。ここから稜線の登山道に出るまでにまた手間取り、登山道を見付けた時には、日が暮れかかっていた。

 運の悪いことに、この2年くらい前だったか、県内の某高校が、やはり鳴虫沢で遭難騒ぎを起こした。稜線の登山道に出た後で道を間違い、日が暮れたので、安全のためにビバーク(緊急露営)をした。これは想定内のことで、装備も持参しており、経験豊かな顧問O先生の下、生徒たちは不安を感じることもなく(楽しく?)一夜を過ごしたらしい。ところが、予定通り下山しないということで、下界では大騒ぎになり、翌日早朝から二口渓谷の上を、警察とマスコミのヘリが飛び交うという大騒ぎになった。たったこれだけの、「予定外」の「想定内」で、こんな大騒ぎになり、顧問と高体連登山専門部の偉いさんが、あちこちに頭を下げなければならないものなのか、と私は驚いた。と同時に、我が身に同様のことが起こることのないよう祈った(←「自戒した」と書きたいところだが、私には某高校に落ち度が見出せない)。

 稜線で日が暮れた時、セオリーに従って安全を最優先に考えれば、私たちはビバークすべきであった。だが、某高校の記憶は新しかった。私は、闇の中を下山することにした。ところが、絶対に持参するように指示してあったヘッドライトを、半数の生徒が「日帰りだからいらない」と勝手に判断して持って来ておらず、持って来た5名のうち、更に2名のヘッドライトの電池が使い物にならないことが分かった。顧問を含めて13名に使えるヘッドライトが8個しかない。この時点で、改めてビバークを決断すべきであった。しかし、幸いにして生徒の体調は悪くない。ビバークすれば、気違いじみたマスコミの大騒ぎは100%の確率で起こるが、いかに闇とは言え、ゆっくり慎重に下山すれば、普通の登山道で事故の起こる可能性は必ずしも高くないだろう、と思うと、やはり結論は「下山」だった。今、同じ事が起こっても、同じ判断をするように思う。それほどマスコミは不当にうるさい。健全な民主主義を支える「知る権利」とは関係のない興味本位の報道で、「危険」を作り出す罪は大きい。

 通常1時間くらいの所を、2時間半近くかけてではあるが、幸い無事下山することができた。山道を下りきると、姉滝のすぐ上で二口沢を渡らなければならない。足を滑らせたら滝壺へ、ということもないが、闇の中で近くに響く滝の音は不気味だった。携帯電話が通じる所まで下りて、教頭に電話をしたのが22時。翌日聞いたところによれば、この時既に、高体連登山専門部の救助隊メンバーには、朝4時に入渓地点集合の連絡が回っていたそうである。冷や汗をかいた。

 と、余計な話が長くなったが、生徒を連れて沢に行くとこんなことを思い出す。

 昨日は、「山の会」のベテラン指導者がたくさん付いているという安心感もあり、天気にも恵まれて、最初から最後まで、「楽しい、楽しい」で終わってしまった。私も、コーチを依頼されながら、特に指導することもなく、何となく居心地の悪い思いをしながら後から付いて行くいつもの山行(→こちら)と違い、他のOBと一緒にザイルを手に生徒の滝登りをビレイ(確保)していれば、仲間と力を合わせて何かをしているという充実感を得ることができる。

 水はいささか冷たかったが、若者たちは随所で水に飛び込んでおおはしゃぎ。おかげで、順調でありながら、石橋沢(しゃっきょうざわ)との出合い(合流点)で時間切れとなった。土曜日だったし、あとは難所もないので、20分歩いて樋ノ沢避難小屋まで行き、あの静かでこぎれいな小屋で、ビールを飲みながら一晩過ごせば楽しいだろうなぁ、と思いつつ、登山道を下山した。私としては、沢もともかく、久しぶりで山を素晴らしいと思えたことが、ひどく気持ちよかった。