人間の愚かさ

 何度か書いたとおり、朝、塩釜駅で列車を降りると、学校へは直行せず、塩釜神社の境内を一回りする。これはますます強固な習慣となっている。学校に行く日で、塩釜神社に行かない日というのはほとんどない。それどころか、5時ちょうどに定時退勤できた日は、帰りも塩釜神社を一回りすることが多い。従って、私が1年間に塩釜神社に行く回数は、通勤日数よりも多少多いだろう。
 今朝、その塩釜神社の境内にある河津桜が開花したのを見付けた。いくら早咲きで有名な桜とは言え、陸奥・塩釜で3月12日に開花というのは驚くべきことである。我が家の梅も、だいぶつぼみが膨らんできた。際だって早い春の到来を喜ぶ気にはなれない。待っているのは5月、6月のうちからの猛暑のように思われるからだ。
 ところで、昨日は3月11日(→昨年の記事)。朝から雨が本降りであった。平日ではあるが、「みやぎ鎮魂の日」ということで、我が家の子供たちも含め、生徒はお休み。入試業務もあり、私は普通に出勤。おかげで、門脇、南浜地区のバカ騒ぎを見ずに済んだ。
 もともと、と言うか、かなり早い時期から、私は被災地で行われている様々なことに対して非常に冷たい目を向けているのだが、年々、それを耐えがたいと感じるようになっている。人間の愚かさというものを、嫌と言うほど見せつけられている気分だ。もはや私は、新聞記事もまじめに読まない、テレビは見ない。
 私が特に冷たい目を向けているのは、土木工事と記憶の継承である。今までにもさんざん書いてきたことだが、3月11日くらいそれを確認してもいいだろう。
 土木工事は、まったくただの自然破壊である。石油を燃やし、山を崩し、田んぼを埋め立て、他の多くの生き物たちのすみかを壊し(命を奪い)、借金を増やして、高盛り土道路で街を分断したり、防潮堤で海と街を隔絶することが復興だとはとても思えない。社会的とも言えないような人々の死について追悼を叫んだり、滅多に来ない津波を心配する一方で、他の生き物の命や自然環境の悪化については鈍感、という感覚が私には理解できない。
 自分の言葉は聞いて欲しいのに、人の言葉には耳を傾けない(=歴史を学ぼうとはしない)というのは、いったい何なんだろう?承認欲求が満たされ、しかも人のためにいいことをしているような気分になれるから、語り部活動はたちが悪い。理性的な人間なら、語るべきは自分の津波体験ではなく、過去の津波の教訓を受け継げなかった後悔と反省であり、敷衍して歴史を学ばない怠慢への反省であるはずだ。(→参考記事
 3月10日の毎日新聞東日本大震災8年の特集記事に、「思い出の品 返る日は ー 拾得物巡り揺れる被災地」というほぼ1面に及ぶ大きなものがあった。津波で流され、持ち主が分からない震災拾得物の扱いに自治体が苦慮している、というものだ。
 なぜそんな物をいまだに保管しているのか理解に苦しむ。必要だと思う人がいたら、過去8年間のうちに探しているはずである。自治体かNPOが保管していて、問い合わせの窓口(連絡先)も手続きもオープンにされてきた。探したいけど、探す手段が分からないなどと言っている人がいるとは思えない。「思い出の品」などと言っているのは一部の人で、あとは「ゴミ」だと思っているから、問い合わせも何もしないだけの話である。
 我が家のすぐ下には旧門脇小学校の校舎が建っている。津波で1階が浸水した上に、車のバッテリーか何かを原因にするとおぼしき火災で燃えた。長い議論の末に、震災遺構として部分的に保存するということで決着が付いた。もちろん、私は強固な保存反対(解体支持)派であった。被災直後には、すすけて凄惨な雰囲気が漂い、それなりに一見の価値はあったかも知れないが、その後、繰り返し雨に洗われることで、今やただの薄汚い鉄筋のビルに変わっている。膨大な経費をかけて、保存するようなものではない。しかし、広く意見を聞いて決めたことなので仕方がない、とあきらめていた。ところが、あきらめきれない人たちがいた。私とは逆で、完全保存を目指す人々である。
 彼らは「全体保存を要望する会」という組織を作り、改めて住民アンケートを取った。その結果、全体保存を求める意見が約84%(223/266)に達したとして、市に保存のあり方の再考を求めていくという。信じがたい。市長は今のところ、方針の変更を考えてはいないようだが、当然のことである。
 まだまだ復興への道は遠い、という言葉もよく耳にする。復旧から取り残されたかのような人がいるのは確かだ。しかし、それは個人的に手当をすればよい。復旧・復興は全体として過剰である。「復興はまだまだ」という人の多くは、「復興」という看板を掲げ続けることで、中央からのお金の流れを止めたくないという浅ましい根性、もしくは、日本中、どこの地域でも問題を抱えながら苦労して生活しているのに、自分たちは津波さえなければバラ色の生活ができていたはずだ、という幻を見ているように思われる。
 いったいこのバカ騒ぎはいつまで続くのだろうか?無駄に豊かで暇な世の中が生んでいるバカ騒ぎなのだから、豊かさが破綻するまでは続くのだろうか?今から来年のバカ騒ぎを想像しては気が重い。と同時に、子供を亡くすなど、本当に深刻なダメージを受けた人は、きっとこんなバカ騒ぎの中には入らず、自宅でひっそりと悲しみを噛みしめ、耐えているのではないか、と想像する。そんな震災の苦しみだけが真実である。