この映像ならいい

 特にすることもなかった今日の午前中、珍しく妻と連れだって散歩に出かけた。3月11日に、我が家から階段をとことこ下って2分の所に、震災伝承交流施設「MEET門脇」というものがオープンした。建設者=運営者は「公益社団法人3.11みらいサポート」という団体である。
 もちろん、被災地に冷たい私は、「震災伝承」に興味なんかないのだが、我が家の周りにあるものがいかなるものか知らないのは、遠隔地にいる友人などに尋ねられた時によくないので、一応一度くらいは見ておこうと出かけたのである。
 外見は、少し大きめの2階建て一般家屋である。入ると、受付にいたのは旧知のTさんであった。受付の周りに物販スペースがあり、そこを見るのは自由だが、展示室に入るには300円の入館料が要る。これには少し驚くと同時に、お金を取るほどのものがあるのかとの期待も生じた。
 入ってみると、実際にはほとんど何もない。シアターで上映されているビデオ(実写+CG)もたいした内容ではない。お世辞にも「有料」に見合っているとは思わない。が、そんな中で、唯一好感を持って見た映像があった。メモして来なかったので、タイトルを憶えていないのだが、展示室のテレビ画面で映し出していた映像である。
 我が家から数百mの所で、震災発生後9日目に、倒壊した自宅2階から救出された高校生と祖母がいた。その高校生が主人公である。何と言う手法かは分からないが、漫画の画面がスライド式に切り替わっていき、そこに台詞がかぶせられているもので、作者は「井上きみどり」という人だ。帰宅後に調べてみると、仙台在住の「取材漫画家」を名乗っているらしい。素朴、かつ、漫画らしいユーモアのある絵で、震災の異常さを殊更に強調するわざとらしさがなく、素直に見ることができる。
 だたし、この映像の最も良い点は、絵ではなく内容そのものである。私が嫌悪している「悲劇や英雄の物語」(→例はこちら)になっていない、むしろそれを積極的に拒否している所だ。
 この救出劇は当時かなり大きなニュースになったので、私もよく憶えているのだが、主人公である高校生は、押し寄せてくるマスコミに驚き、彼らが自分を英雄視し、「美談」ばかり書こうとすることに強いストレスを感じる。そして、マスコミに対するメッセージとして、「被災者をそっとしておいて欲しい」と語る。また、彼は自分を英雄どころか失敗者であると言い、早く逃げるべきだったという後悔を繰り返す。被災体験を語り、それを聞く人に上から目線で「大きな地震の時には一刻も早く高台に逃げなさい」と語る人と、内容的には同じことを言っているようでいながら、その姿勢は正反対だ。
 私は早い時期から、被災者が語るべきは、今回の体験に基づく教訓ではなく、過去の津波の教訓をなぜ受け継げなかったかだと、口を酸っぱくして言っている(→例えばこちら)。彼が語っていることは、そこまでの射程(視野の広がり)はないにせよ、自分自身が自分の過去から学ぼうとしている点で、自慢げに垂訓する人たちより明らかにまともだ。
 わずか18分の映像なのだが、震災後、私が見た映像の中では一番共感・納得しながら見られたもので、後味が良かった。