2010-01-01から1年間の記事一覧

珍客来たる・・・休暇の使い方と電線

先週の金曜日から今週月曜日にかけて、我が家にはドイツ人の家族連れご一行様が来ていた。食事や寝具の心配はあるし、せっかくだからあちらこちらへ案内したいし、子ども達は珍客に興奮するし、ドタバタと大変な大騒ぎであった。 基本的にはひどく個人的な話…

「ちい、ちい、ちい ── 」を読む

水産高校では、毎月、新聞形式の図書館報『眺海』というものが発行される。そこには新任教員が順番に随想を寄せることになっていて、5月号は私の当番であった。私は以下のような文章を寄せた。 「かつて書いた『「高村光太郎」という生き方』という本の中で…

静寂も闇も「自然」である

週末は、例によって一高山岳部の諸君と山へ行っていた。今回は3年生の引退山行ということで張り切り、吾妻連峰を東(浄土平)から西(白布温泉)まで縦走するという、週末山行としては豪勢なものであった。 幸い天気は上々。行程のほとんどは雪の上で、やや…

平均点はいらない・・・坂田隆氏の世界

私の地元・石巻では『石巻かほく』という新聞が出ている。その第1面に「つつじ野」というコラムがあって、委嘱されたらしい素人が、曜日を決めてエッセイを書いている。今年に入ってから私が注目しているのは、毎週木曜日に掲載されている石巻専修大学長・…

政治家も育てる

沖縄問題がますます大変なのに加えて口蹄疫である。たまたま(?)、小沢氏の政治資金問題もあって、民主党の支持率も末期的状況になってきた。 小沢氏の問題はさておき、沖縄を中心とする基地問題と、それに大きく関係するであろう民主党の凋落について、思…

においの記憶

職場が近くなったおかげで、今年は私も、我が子を保育所に送り迎えするようになった。我が子の通う保育所は、車の通れる道から100mほど引っ込んだところにある。道路に車を置いて、子供の手を引いて歩いていくと、毎朝、保育所のすぐ手前の家から強烈な…

金色の峰と魚

金曜日はうっとおしい曇り空で、肌寒い一日だった。職場が近く、仕事がさほど忙しくないのと、日が長いのとのおかげで、この日もまた、まだ明るいうちに家に着いた。夕食の準備には一寸早いかなどと思いながら、外の景色をぼんやりと眺めていたところ、西の…

詩人の領域、または、焚き火の魅力について

運動部を持っていない私は、ゴールデンウィークが丸々の休みであった。こういう時に、他の先生方に対して申し訳ないような気持ちになるのは、正しい感覚なのかなぁ? それはともかく、部活がなかったかと言えばそうではない。というのも、「登山歴のある山岳…

ものは見てみないと分からない・・・高橋英吉・幸子展

昨日は、朝から、石巻文化センターというところで開かれている「高橋英吉生誕100周年記念 永遠の想い・・・英吉・幸子父娘展」というのを見に行った。元々行こうなどという気はなかったのだが、知人から招待券はもらったし、前日に義母(美術が専門の元小学…

失うものの方が大きい・・・明石事件の強制起訴

先週の火曜日、兵庫県明石市の歩道橋で2001年7月に起きた死亡事故について、当時の明石警察署副署長が、市民からなる検察審査会の決議に基づき強制起訴されたというニュースが流れた。もともと神戸地方検察庁が不起訴処分にしたものを、遺族からの申し…

初演者の地位・・・横山勝也の死に際して

(4月24日 尺八演奏家・横山勝也の訃報) 訃報で「横山勝也」の名前を見つけた時、全く同時に武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」という曲の名前が思い浮かんだ。気になったので、インターネットで「横山勝也」という名前を検索してみたところ、「ノヴ…

桜の花が咲きました

我が家には、南と西に立派なソメイヨシノの木がある(家の敷地の中にあるわけではない)。例年、これが咲くと、水仙と梅と桜が同時満開となり、ウグイスもさえずって、我が家が一年で最も美しい季節となる。 今年はそれがいつになるのかなあ、というのは、我…

沖縄問題、または日本人の質について

昨秋以来、私はずっと「沖縄どうなるのかなあ」と、手に汗握るような気持ちで状況を見てきた。世の中にこれほどの難問があるのか、鳩山首相の言動はその割に軽いなあ、と心配していたのだが、果たして、その通り。明るい展望が見えないままに、リミットの5…

幸せは人それぞれ?・・・堀多恵子の死

(4月18日、各紙に堀多恵子氏の訃報) 小さな訃報である。『風立ちぬ』の作者・堀辰雄の妻が亡くなった。96歳。堀辰雄という作家、或いはその作品自体が、「古典」として生き残れると私は思っていないが、なぜか一時期興味を持ったことがあった。筑摩書…

一高を惜しむ(離任の弁)

今日、辞令交付式(着任式)なるものがあり、私は正式に宮城県水産高等学校の教諭となった。既に一高での生活は過去形となったが、なぜ今年、私が一高を去る決意をしたかということは、「教育」という問題を考えることにもなるので、明らかにしておこうと思…

離任式ではありがとう

昨日の離任式では、多くの諸君からプレゼントやら激励やらをもらいました。本当にありがとう。 ステージ上で話をしていたのでは時間的にも大変だし、他の先生方への遠慮もあって、代表の諸君と多少の言葉を交わしたに過ぎませんが、それは、式の後で少しはゆ…

神の見えざる手(顧問としての最後の山行)

仙台一高教諭として最後の週末、私は、金土と応援団合宿付き添いで学校に泊り、日〜月は山岳部の引率で安達太良山、という過密にして濃密な4日間を過ごした。 3月末に安達太良山へ行き、卒業生の追い出し、若しくは浪人生活スタートの激励、若しくは大学進…

事務連絡・・・私の異動について

既に新聞にも出たとおり、昨日、4月1日付の教職員異動が発表され、私も「宮城県水産高校」に異動となりました。近々、思う所はこのブログでも明らかにしたいと思っていますが、まずはご報告まで。

民族の誇り・・・朝鮮人学校の無償化について

来年度から高校の授業料を無償化するという政府方針の下、朝鮮人学校をその対象にするかどうかでもめているが、対象外となりそうな雰囲気が次第に強まってきた。私としては、何とも「情けない」、若しくは「恥ずかしい」ことのように思われる。 それは北朝鮮…

読書は落とし穴?

先週末、土曜日の夜、私は中学時代の恩師A先生を訪ねた(私は宮城県の中学校に通っていた時期もある)。1月の末に、「寒中お見舞い」を差し上げたところ、どうも元気がないようで心配だ、と電話を下さったので、では一度近況報告に伺います、と言って参上…

地震より恐いもの

ハイチ、チリと大きな地震が続いた。ハイチは知らないが、チリは昔、わずか3週間ながら旅行したことがある。今回の震源地に近く、たびたび名前の登場するコンセプシオンにも1泊した。海が見られるかと思って行ったのに、街の中心から海岸までは非常に遠く…

「学級」が無くなった後の「学級通信」

生徒が卒業してしまったので、学級通信を書くこともなくなった。もともと気まぐれで書いていたものだが、いつの間にか「毎週月曜日」が義務に近いものになってしまっていたので、正直、何ともすがすがしい解放感はある。一方、書いた内容にしても、引用した…

情報の海を泳ぐ時代

1月の末、化学部と電研部の諸君が、中国の「何とか学会」が主催するソフトウェア制作コンテストに招かれて福建省アモイ(廈門)へ行くというので、私は引率者・K先生に、「何とか学会」の人に相談すれば簡単に買えると思うから、CNKIカードというものを買…

人間は理論化できない・・・文系の幸せ

文系と理系がどう違うかということについて、文系は人間を、理系は自然を探求するという話は、今までに何度かした。以下はそれに関連する話。 一昨日の昼間、私はかつて同僚であったS先生の定年退職を祝うために小牛田へ行き、その後は、一緒に行った仙台市…

津波の伝わる感動

卒業式前日の、静かな休日の予定だった昨日は、我が家の近くの海岸に3mの大津波が来そうだということで騒々しく、甚だ落ち着かない一日になった。もっとも、昨日は朝から海が荒れ気味で、1m余りの波が打ち寄せていたので、津波を見たことのない私は、こ…

こだわるべきものを間違えるな

先月末のこと、「62回生は、大学も学部もどこでもいいから今年入ってしまいたいという、こだわりもプライドもない奴が多いのではないか?」と、某先生が不満を述べている所に偶然行き合わせてしまった。確かに、私の実感としても、経済的事情とは無関係に…

子ゆゑにこそ、よろづのあはれは思い知らるれ

既に知る通り、事務室のWさんが亡くなった。35歳での急病死であった。明るく真面目な人柄で、楽しそうに本当によく仕事をしてくれていたし、私としては共に強歩大会を走った仲間としても親しい存在だった。一昨日は小論文クラスの生徒諸君に無理を言って時…

校長の思い出(米口実先生のこと)

北島校長の「最終講義」に出席した。遅刻者が多かったのはいただけないが、それでも、教職員や若干のOBまたは保護者も含めて180人ほどが集まり、生徒から質問もいくつか出たのは一高の健在ぶりが感じられて嬉しかった。講義そのものについてはうまくコ…

社会性が無くても普遍的(サリンジャーの死)

(1月29日『河北新報』サリンジャーの訃報引用 見出し省略) サリンジャーが死んだ。世の中とは完全に縁を切って生きていた割には、各紙が一斉に、しかも大きく報道していた。 実は一昨年であったか、大学で英文学を専攻することにしたとかいう卒業生が遊…

時間の流れに身を任せる

もはや先々週の末となってしまった2月6〜7日、私は例によって山岳部の生徒諸君と山へ行っていた。何日か前から天気予報を見ながら、怪しげだなあ、と思っていたのだが、実際当日は強い雪、翌日は更に冬型が強まりそうだとあって、あまり生徒を連れて山に…